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同人誌評:【蠍の毒針】より『手遅れ』

11/23/2020

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第三十一回文学フリマ東京で購入した冊子最初のレビューは、蠍の毒針さんの「手遅れ」です。
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​とばりを思わせる濃紺に、イスラミックな光のモチーフが描かれた目を惹くデザインです。背後には暁月が置かれ、それを煌く星々が取り囲む構図。
 
 
イスラム圏の国々では国旗に月がデザインされることもしばしばあり、月が「発展」、星が「希望」「未来」のような意味で捉えられることが多いと聞きます。日本では「三日月」と「暁月」は明確に区別されますが、イスラムでは同一視する向きもあるようで、左右対象にシンボルとして使われてるのをよく見かけます。
 
 
 
実際のところ系外恒星から届く光というのは何万年も何十万年も前のものであるため、それを知っている我々からすると「未来」という意味合いをアイロニックに捉えることも可能かもしれません。しかし、雨の少ないアラビアの夜空に散りばめられた星々を見れば、きっとその超越的な神秘性を感じ取らずにはいられないでしょう。
 
 
 
アラビア語で「針」を意味する”(al) shaula”が由来となった蠍座の尾に位置する星がサークル名にも使われていることからも、そうしたポジティブなメッセージを含んでいることが予想されるデザインです。
 
 
 
しかし、表紙中央には「手遅れ」という白字が置かれている。どう考えても前向きには捉えにくい単語です。こうした嬉しい裏切りだけでも、手に取るに十分な本でした。
 
 
 
ページをめくると、「手遅れ」の理由が書かれています。主催の露草あえかさんのある一つの「手遅れ」から、寄稿者のみなさんの「手遅れ」を集めることにつながったことが説明され、それらが私たちの「手遅れ」の認識を前向きにアップデートする。表紙の矛盾は、もしかしたらこの認識相違を言い当てるものだったのかもしれません。

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​さて、実に8名の方が書かれているアンソロジー短編集です。もちろんすべて楽しく読ませていただきましたが、そのすべての感想を書いていると冗長になりかねないので、ここは思い切って、主催の露草さんの短編「方向音痴」に絞って書かせていただければと思います。
(もし関係者の方がご覧になって、奇特にも感想が欲しいとのご要望があればまた考えますが……。)

​

『方向音痴』露草あえか 著




​浮気をした翌日、女が目を覚ました場面から始まります。飲み会の半ばで自分に気のある後輩と抜け出して、というままある火遊び。静かな場面描写の中に昨晩脱ぎ散らかした衣服がそのまま放置されているところが描かれ生々しい息遣いが想起される。
携帯を開くと彼氏からのメッセージ。しかし女は後ろめたさを感じつつもどこか場違いな安心を覚えている。
 
 
 
そのないまぜの感情は女の回想の締め括り、どこか他人事な評価で明らかになります。

悪くない文脈だった。ラブロマンスとしては上出来だった。夜が過ぎたあとのことなどより、その瞬間の雰囲気を、次の展開を考えて立ち回った。そのほうが物語はうつくしかったから。

女は昨晩、自分を物語の主人公に見立て、一晩の過ちを一つの章になるように行動したのだと言います。きっと彼女は普段から俯瞰的に自分との関わり合いを観察し分析し、「うつくし」くなるように調整しているのでしょう。彼女がそう振る舞うようになったのには、おそらく彼女の恋にたいする苦手意識が根底にあるのだと思います。
 
 
 
離人症という病気がありますが、彼女はそういった病的な感覚に襲われているわけではありません。彼女自身、その調整を楽しんでさえいるような印象を受けます。大理石のチェス盤に置かれた自分のクイーンを動かし、無駄な動きなくチェックをかける時のように。
 
 
 
しかし、「安心」は違和感へと変わってゆきます。目を覚ました隣の男から、彼女は自分が泣きそうな顔をしていたことを指摘される。そんな顔をしたつもりはありませんでした。「うつくしい物語」の中に、悲痛は必要なかったはずなのです。
 
 
 
後輩の男と別れ、彼女は彼氏のことを思い返します。そうさせたのは金木犀の香りでした。思い出の季節、秋。さみしさと弱さを知ってしまう季節。彼の透き通った声や切れ長の目がリフレインする。非の打ち所のない彼の前で自分がひどく弱く感じたこと。憧れと恐れは似ています。それがきっと彼女の恋につながったのでしょう。おそらく、昨晩の過ちにも。
 
 
 
彼からの電話が鳴り、彼女は取り、短い会話がなされます。少ない会話文の間に感情や記憶や後悔が長く連なって、悲哀に満ちているも一種のリズムが形成される。読者は彼女と同じ時間を共有し、彼の言葉に引き摺られてしまう。
 
 
 
やっと感情が追いついた時。自分の過ちに気づいた時。そこでおそらく電話は切られ、物語が終わります。このテンポと言葉選びは見事の一言です。



​全体を通して美しい表現が散りばめられ、それこそ街の明かりの中から見上げる夜空、微かにひかる1等星の輝きが嬉しくなるような、そんな印象の掌編でした。女性ならでは、という表現はあまり好きではありませんが、経験と感性からくる書きぶりだな、と感じます。
 
 
 
惜しむらくは、彼氏の人間性が描写されているものの、彼女の説明と短い会話の中で彼の為人を僕(久湊)の中で構築しきれなかったことです。まぁ、僕の人間性があんまり良くできてない証左ってことかもしれませんが……。
 
 
 
適切な表現かわかりませんが、気持ちよく読ませていただきました。次の機会があればまた読んでみたいと思っています。
 
 
 
余談ですが、僕はこの本を文フリ帰りの電車で読んでいたんですが、読み終わってプロフィールのページを見ると、
露草あえか
バンドマン(ベース)。文フリが終わったら速攻で下北沢に移動してライブに出る。
​とあり、今まさに彼女は髪振り乱してんのか……作風とのギャップえぐ……としょうもない感想を抱きました。曲も聞いてみたいな。
 
 
 
ちなみにプロフィールはこう続きます。
彼氏のことが大好き。
​
超おしあわせに。



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