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天使の主題による変奏曲
あるいは
四年目の習作派について

Ghost Varietions: or Etudism in 4th year

二〇二十年春 習作派編集部

ぼくたちが家に帰ると、天使は椅子に腰掛けてぼんやりとしている。

「ただいま」

「おかえり、遅かったね」

天使は小さな欠伸をする。

「待たせちゃったかな」

「それより今日はどうだった。なにか見つかった?」

「地下鉄の階段に、こんなものが落ちていたよ」

ぼくたちは背広のポケットから、あきらめを取り出してみせる。


真鍮のように鈍く金色に光るそのあきらめには、小さな把手がついていて、回すと内部の発条がくるくると巻かれる。そっと床の上に置くと、コトコトと音を立てて動きはじめる。


「へえ、動くんだ」

「うん。ずいぶん精巧につくられている」

立って来た天使は、あきらめを手に取ると、電灯にかざして眺めた。

「こんな手のこんだあきらめを作るなんて、きっと持ち主はロマンティストだったんだね」

あきらめはきらきらと輝き、天使の顔に金色の花弁を落とす。


「こんなの書いてみたんだけど、どうだろう」

1月の休日、人でごった返す秋葉原の喫茶店で、片隅の革のめくれたソファ席に座るや否や石田は僕にこう切り出した。

「ふうん、なんか石田っぽくないね」

iPhoneの画面から顔を上げ、僕はそう伝える。「どうだろう」に対しての返答になってはいなかったかもしれないが、石田はカフェラテのマグを手に取りながら答えた。

「確かに。続きは書けそう?」

「あ、なに?リレー的なやつ?」

「うん。面白いかなって」

僕は自分のブレンドコーヒーのカップに口をつける。不味い。

「これ、ひどい味だ」

「そう、カフェラテは普通だよ」

「じゃあミルクがとてつもなく上等なのかもしれない」

「なるほど」

石田は持ったマグを検分するように眺めた。

「最初のとこ、“ぼくたち”なんだね」

カップを置き、煙草に火を付けながら僕が言う。

「特に意味はないけど、そうだね」

「『四年目の習作派について』って言うくらいだから、僕たちを出さなきゃいけないと思う」

「任せるよ」

「うん。でもさ、『ぼくたち』が我々とすると、『天使』の待つ家に二人同時に帰宅するわけだから、我々は同居してるってことになる。それだけならまだルームシェアって解釈もできるけど、『天使』がいるとなると話は変わってくる気がする。何のメタファーか、考えるだけで恐ろしい」

「ボーイズラブはまだ書いたことがないね」

「書くならできれば自分が登場しない話にしたい」

石田はマグを揺すりながらふ、と声を漏らした。

「まぁいいや、一年目のときに書いたやつが戯曲風だったし、そのスタンスで書いてみるよ。でもなんで四年目でいきなり?きりが悪くない?」

「我々、今年30になるから、節目かなと思って。それに」

石田はゆっくりとマグを置いた。

「去年も一昨年も久湊が書くって言ってたと思うけど」

僕は煙草を吸う。

「ごめん」


「ごめん」

床のうえでばらばらになったあきらめを見て、天使は申し訳なさそうに言った。

「もっと……よく見ようと思っただけなんだけど」

「いいよ、そういうことだってあるさ。とりあえず部品を集めておこう。腕のいい修復士がいるかもしれないし」

ぼくたちは屈んで飛び散った欠片を集めようとする。そのとき、金色のねじや歯車に混じって、錆びた小さな文字が落ちているのを見つけた。

「これは……」

「え?」

「而、だ」

「あきらめの中に組みこまれていたってこと?」

「そうみたいだね」

「どういう意味?」

「これだけではなんとも言えないな。もともとは長いあごひげを象った字のようだけど。でも『しかして』と読めば順接の意味になるし、『しかれども』と読めば逆接を表すことばになる」

「正反対の意味を持つなんて、不思議だね」

「うん。今ではあまり使われなくなった古いことばだよ。それにしても、どうしてこんなものが組みこまれていたんだろう」

「ひょっとしたら」

「うん?」

「ひょっとしたら、もとの持ち主は、ことばを集めようとしていたのかも」

「ことばを集める?」

「たとえば何か物語を書こうとしていたとか」

「なるほど、小説家だ。それなら、こんな複雑なあきらめを作り上げたことにも合点がいくね」

天使は自分の推理を誇るようにちょっと自慢げな表情をしてこちらを見ると、また文字に目を落として、呟いた。

「うまく書けたのかな、書けなかったのかな」


「書けないわ」

デスクの脇にある携帯に向かって僕は言った。

「一応書きかけだけクラウドに上げたけど」

「O K。今確認する」

携帯のスピーカーからカタカタと小さくキィを叩く音がする。しばらく続いた後、沈黙した。

「読んだよ。良いんじゃない?」

椅子の背にもたれていた僕はのっそりと身を起こしながら聞き返す。

「いきなり戯曲になって違和感しかなくない?」

「そうでもないよ」

「あと『而』の対処が面倒すぎるわ。あごひげって言われてもさ」

「あんまり気にしなくて良いよ」

「気にするでしょ、風呂敷ぐちゃぐちゃじゃん」

「強いて挙げるなら僕はこんな嫌味っぽく指摘したりしないかな」

「ああそう」

議論の余地を残し、僕は話を戻す。

「じゃあ、もう良いや、このまま進めるよ」

「了解。書けたら教えて。仕事してるので」

「はぁ?まだ職場いるの?」

「もちろん」

「あ、はい。お疲れ様です」

「それじゃ」

終話し、椅子の上で伸びをする。もう午前を回っていた。

立ち上がって部屋から出て、リモコンでリビングの照明をつけると僕はソファに深く腰掛けた。

「これ、捨てちゃうの?」

キッチンのカウンターチェアに座る天使が僕に声をかける。

手には、金色のそれがある。

よく磨かれた、小さな金色の置物のようだった。

「どこにあった?」

「きみのポケットから落ちたんだよ」

天使がこっちをまっすぐに見つめたまま答える。

「欲しいならあげるよ」

僕はテーブルの上の本を手に取りながら答える。

「本当?こんなに綺麗なのに」

「見かけだけね。鍍金なんだ。中身はつまらないものだよ」

本のページを繰る。

「ふうん」

天使はそれをしばらく眺めた後、僕に聞く。

「これ、なんて言うの?」

僕は本から顔を上げ、ため息を一つ吐いてから立ち上がった。

隣まで歩いていき、僕は無言で座っている天使の手からそれをもぎ取ろうとする。

「あ、ちょっと」

天使は咄嗟に手をひっかけ、それは落ちた。

割れる、と思った。

こん、と軽い音。

しかしそれは割れなかった。

僕と天使はしばらくそれを静かに見つめる。

「名前はないんだ」

リビングの光を乱反射するそれを拾い上げ、僕は言う。

「捨てるまではね」

「でも、いらないんでしょ?」

「やっぱり気が変わった。あげない」

「ええ、けち。この間もくれなかったじゃないか」

「うるさいな、石田のとこ行ってこいよ」

「彼はもっとくれないんだよ」

「そうか、じゃあきらめな」

僕はそれをポケットに戻し、天使に背を向ける。

「次はちょうだいよ」

「さあね」

僕は部屋に戻る。

ドアを閉める直前、天使の恨めしそうな顔が見えた。


——とまあ、そんな感じで『習作派』は四年目を迎え、僕たちは踠きながらも執筆を続けています。

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習作派。
 
書き続けること、それが僕たちの原点です。

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