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同人書評:【レモネード航空】より『貨物船で太平洋を渡る』

11/26/2021

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​ 実家が海の近くにあったので、今のようにマンションが乱立する前はベランダから小さく海を臨むことができました。夜になるとたまに遠くで汽笛が聞こえてきて、小さかった僕がそれを聴くのは布団の中でした。そうして眠りに落ちると僕は大きな客船に乗っていて、他に人影はなく、ただきらきらと光る海面を眺めながら僕はどこか遠い異国へと運ばれていく。そういう夢を何度か見たことを覚えています。
 
 
今思えばベランダから見えた海は貨物港で、国内線の小さい貨物船しか寄港しないし、正面にあるのは房総半島なので絶対に異国へは連れて行ってくれないんですが、子供の頃ってなんでも冒険に結びつけちゃうんですよね。まぁそんなこんなで僕は今でも海が好きで、うちの雑誌にもちゃっかり「海」が入っているんですが、とにかくそんな僕が文フリに参加する前からTwitterで気になりまくっていた同人誌を今日はご紹介したいと思います。


※ネタバレを含む書評となりますので、未読の方は読んでからご覧いただくことをお勧めします。
※各所引用を含んでおりますが、作品のクオリティ担保のため表紙以外の写真は使用しておりません。
​ぜひ著作をご覧いただきたいと思います。


​

レモネード航空『貨物船で太平洋を渡る』

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もう、タイトルから男の、いや漢のロマンをビシバシ感じる。
「太平洋を船で渡る」だけでもわくわくさせてくれるのに、「貨物船」です。
え?そんなこと可能なの?
 
そして外観。
​
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​ご覧の通り背表紙にしか表題がなく、表裏の表紙には大きく写真が置かれています。

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表は船体に押し寄せて弾ける白波が、裏には夕暮れの中横たわる無数のコンテナが、それぞれ写っています。確かに、これに白抜きでタイトルがあっては邪魔になってしまうかもしれません。無条件に目を引く、美しいデザインです。

画像

そしてページを捲るとめちゃくちゃかわいいロゴが!
 
 
ちなみにこれは本が入れられていた封筒にもスタンプで押されていました。
 
 
ここまでの情報で既に満足気味だった僕ですが、勢い込んで内容に入っていくとあれよあれよとページを捲ってしまい、そのまま読了してしまいました。仮にも「書評」を謳っているのでもちろん内容も触れていこうと思いますが、先に書いておきます。
 
 
この同人誌、マジでとんでもない本です。


​

凄まじい情報量


​
​まず目次を見ると「はじめに」というサブタイトルが見えたので、「執筆にあたる経緯かな?」と思い隣のページに目を移したんですが、そこには夥しい量の文字情報が詰め込まれていました。
冒頭の文章を引用させていただきます。

 数年前から船舶全般に対する興味が高まり、国内の長距離フェリーや海外航路を走る貨物線への乗船、小型船舶免許や関連する海上無線資格の取得などを経験しました。こうしたイベントを通じ、自身の興味が船旅から海上交通の決まり事、海運へと進んでいくことを感じていました。特にコンテナを中心とする海上流通の奥深さは私の心を掴んで離しませんでした。「何とかして、コンテナ船に乗船出来ないものだろうか。」今回はこのような興味から始まるコンテナ船乗船記です。
(p.3 / l.1)

え?
小型船舶免許?
海上無線資格だって?

 
 
思ってもみない情報に、一瞬茫然としてしまいました。僕は何も考えずに、大型のフェリーのような貨物船が存在していて、それに数日揺られながら窓の外の写真が並んでいるような、そういう「一般的な」船旅の派生だと考えていたのです。
 
 
そこからかけ離れた《ガチ勢》感。
なんだか初っ端から申し訳ない気持ちになりました。
 
 
そして、特筆すべきは冒頭文章の情報量です。
確かに経緯であることに間違いはないんですが、この熱量、この整い方。まるで海運商社に出す志望理由書です。僕が人事だったら間違いなく採用する。面接なしで採用する。
 
 
さらに「はじめに」はこれで終わりません。その後は旅に関する厖大なデータが記述されてゆきます。
旅行概要に始まり所要日数、条件、旅行費用とその詳細な内訳、用語の解説。そしてその後第1章「旅程立案と資料請求」へと進みます。その後も必要な書類や契約すべき保険、連絡した代理店など事細かに行動が整理されて書かれており、後塵を拝す旅行者は大助かりでしょう(コンテナ船で太平洋を渡る冒険者が他にいればですが)。
冒頭の文章から先、著者の「動機」が明確に記されている部分はないに等しいのです。それはおそらく、著者にとってこのコンテナ船の旅が絶対に「必要」なものであり、実施することは前提条件かそれ以前の問題だからなのでしょう。それだけの意欲と覚悟をもって旅行を計画し、実行に移したからこそ、執筆の段階で熱量を注ぐべきは可能な限り情報を整理することだった。そんな印象を受けました。
縦書きじゃなかったら外資コンサルのリサーチレポートかと見紛うほどのクオリティだな、と考えて、あることを思い出しました。
 
 
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、先ほどの表紙の写真、波の写っている方が表です。ということは右開き、つまり縦書きで書かれているんですね。
こういった写真が多く挿入された大判の冊子って、個人的には美術リーフレットとかカタログのように左開きであることが多いように感じます。現にこの本を手に取った時、僕は最初裏から開いてしまいました(そしたらとんでもない量の参考文献が出てきました)。
 
 
しかしこの本は縦書き。文中には英文や数値など横書きの方が簡便なものも多いにもかかわらず、です。
僕はこの、一定の難読性を孕んでも縦書き表記を選んだ部分に、「これは旅行文学なのだ」という矜持めいたものをこの時感じました。読み終えた今となっては、これは半ば確信に変わっています。
​
​

出だしからスリル溢れる展開



​情報の小波をかき分けてしばらく進んでいくと、あたかも湾内から沖合に出てうねりに飲まれるように、いくつものトラブルが著者(主人公)を襲います。関係各所との書類やメールのやり取り、難航する手続きの数々は、並の旅行者なら逃げ帰ってしまうようなものばかりです。しかし著者はそれらをユーモラスな描写や色合い豊かな数々で彩ることで、読み応えのある、テンポの良い文章としてあらわしています。
 
 
例えば、横浜の旅行代理店の店員らが「コンテナ船旅行者」という前代未聞の処理を迫られ混乱している様を見た著者の、
「しまった、息をするようにご迷惑をおかけしてしまっている。」
(p.10 / l.16)
といったセリフであったり、
やっと辿り着いた乗船地ブリスベンにて、いざ船旅のスタートを切ろうとした矢先、
コンテナ船に備え付けられた鉄製の長い階段を登ると、保安担当の方に声を掛けられます。
 
「ここで何をしている。」
 
心温まる出迎えではありませんでしたが、ここはザ・リッツ・カールトンではありません。
(p.15 / l.15)
と言うクスッとしてしまうような描写があったり。
こう言った文に釣られるようなかたちで、段々と自分も一緒になって旅をしているような気分が込み上げてきます。ユーモアとスリルのバランスが見事な、流れるような文章運びです。

​
​

いざ、横浜へ



いよいよ乗船。見開きで夜の帷の中に浮かび上がる巨大なコンテナ船が現れ、次ページから船旅が始まります。
目指すは日本、横浜。そう、これは「日本に帰る物語」なのです。
 
 
文章は沖合から外洋へと滑り出してゆき、波は静かに読者の周りを取り囲んでいるかのようです。進むごとに変化する空や雲の様子、船内の様子や船員との会話が淡々と連ねられています。
 
 
ユーモアが散りばめられた文体はそのままに、文章の表情は穏やかなものとなっていきます。船内の設備や食事の様子は写真とともに詳しく語られ、著者の感想や独特の視線と共に非常に面白く描かれています。まさに旅行記という雰囲気が好奇心を唆り、ページを繰る手が止まりません。
 
 
ゆったりと静かな情景が続き、ありふれた異国の紀行を見ている気分になっていると、唐突に海の恐ろしさが立ち現れます。途中の避難訓練(Drill)のシーンなどは「そうか、船は穴が空いたら沈むんだな」という当たり前のことを無造作に突きつけてきて、ぐっと作品のリアリティを引き上げていると言えるでしょう。
 
 
文章もさる事ながら、写真の美しさが作品の魅力を何倍にも引き上げています。錆び付いた甲板、油の匂いが漂ってくるかのような機械の数々。前半とは打って変わって色彩が抑えられた写真の連続は、もしかしたら表紙から裏表紙にかけての色調のグラデーションを成しているのかもしれません。それは著者(主人公)の心境、目線の変化を導いているようにも見ることができます。

​
​

旅の終わり



あっという間に、本当にあっという間に、船は横浜に着いてしまいます。
無事に着いてほっと胸を撫で下ろすと同時に、もうこの旅が終わってしまう喪失感、もっと一緒に旅をしていたいという無闇な欲求が読者を満たします。
 
 
最終ページ。表紙の写真、コンテナ船上部から見下ろすアングルが、コンクリートの埠頭へ着岸したことを示すために再度使われています。見事な対比によって寂寥感がさらに強くなります。
 
 
 
退船前に船員の一人との会話。彼はまだ数回、同じ航路を往復することになることが明かされます。彼の旅はまだ終わらない。一緒に連れて行ってくれ、と僕は叫びたくなるも、中盤の「海の恐ろしさ」が思い出され、言葉に詰まる。そんな複雑でもどかしい気持ちになり、単調に行われる帰国手続きの文章を目で追うしかありません。
そして、そんな感情のまま、物語は幕となります。

​
​

「冒険」の経年変化



冒頭でも書いた通り、僕は今でも海が好きです。幼少期に思い描いた船旅を、いつか実現したいと密かに思い続けいた自分を、今や認めるほかありません。
しかし、当時思い描いていた異国への船旅は、その先の土地、つまり、穏やかな田園風景であったり、宗教建築物の群れだったり、荒涼とした砂漠や茹だるような雨林、雄大な山々、はたまた瞳や髪の色様々な人でごった返す市場のような、そういった写真や映像で見る異国の面影と地続きだったように感じます。
 
 
この本の船旅は、そういう我々が思う旅の醍醐味のようなものを提示してはくれません。むしろ対照的な、なんというか、非常に個人的で、慎ましい、錆や油と潮風の匂いをもたらすに留まっています。
 
 
ですが、わくわくします。言葉で表せないほど好奇心を刺激してくれる。
それはもしかしたら、僕がもう大人だからなのかもしれません。子供の頃に憧れた旅は、飛行機や車を使ってもうあらかた見た景色でできています。行ったことのないグランドキャニオンも、なんなら行く術のない火星の景色だって、グーグルマップで見ることができます。そうした情報の断片から、その土地の風景を想像することを続けた結果、いつしか本当に驚き、ときめいて、感動するようなことがなくなっていたのではないでしょうか。
 
 
経験値のない子供の頃、毎日は冒険の連続でした。
じゃあ、大人になった僕たちの冒険って何なのでしょうか。色々見て知って、想像してきてしまった僕たちがまだ知らない景色。それを、本書は見せてくれているのだと、僕は思います。
 
 
著者は冒頭で本書を「コンテナ船乗船記」としています。ですが、僕にとってはこの本は「冒険小説」だったようです。昔読んだ『エルマーの冒険』や『宝島』のような、わくわくさせてくれる冒険譚。色合いは変わっても、抑えられないほど心が揺らされてしまうこの感覚は、まさしく冒険のそれなのです。『貨物船で太平洋を渡る』は、間違いなく僕の人生をレモネードのような爽やかさで、豊かにしてくれたと思います。
 
 


余談ですが、このクオリティで著者は1人、文フリのブースも単独でいらっしゃいました。校正者にご家族の方らしき名前が見受けられるものの、ほぼ全ての作業をお一人でされているようです。凄まじいセンスと努力を感じます。
 
 
また、同人誌作成のステップについて、noteやTwitter(@lemonade_air)で詳細に語られています。作成の動機や目標、こだわったポイントなど、こちらも丁寧にまとまっていて読み応えのある記事です。
(参照リンク:【旅行記同人誌を作成した話】)
ご購入がまだの方、もしいらっしゃいましたら、リンク先の取り扱い書店一覧をぜひチェックしてください。


​

この本は、しばらく本棚の一番目立つところに収まると思います。ふとした時、手にとって眺めたい作品。そういうものを僕たち習作派も作っていきたいものです。
 

長々書いてしまいましたが、本当に面白い文章でした。田巻さんのこれからにも大いに注目したいと思います。
 
 
 
 
それでは、夜も更けてきたのでこの辺で。

​

久湊有起(習作派編集部)

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