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『朝になっちゃうね』初谷むい・横井もも代論(上)

5/9/2020

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昨年秋の文学フリマ、当日僕は残念ながら参加できず(ご挨拶できなかった皆様すみません)、久湊に頼んで買ってきてもらったのが、このZINE『朝になっちゃうね』です。
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初谷むいさんによる文――口語短歌のようでも、自由律詩のようでもある言葉と、
横井もも代さんによるデザイン――夜明けに羽ばたく鳥のようにも、バスタブに浮かぶ花びらのようにも見える幾何学模様の装丁とが、夢幻的な美しさをみせる一冊です。


――いや、これでは何も言っていないのと同じことですね。
「なんだかよくわからないけど良い」という陳腐な感想を書くことは憚られたものの、僕自身まだこの本のことをよく掴み切れていません。だからこそ、あえて記事にしてみようと思います。
正体を見極めるために書く、という怠惰な書評にもいくばくかの価値を見出してくれる読者の寛大さを信じて。

書名について

まずはこのなんとも秀逸なタイトルについて。
この『朝になっちゃうね』には、「#01 それからのわたしたちのその途方もなさ」という副題がついています。
おそらくここに短歌の詩型意識があることは間違いないでしょう。


どういうことか。歌人の山田航さんの言葉を参照してみます。
「短歌4拍子説」というものが現代ではかなり浸透しており、短歌は厳密に言えば5・7・5・7・7ではなく4拍5小節のリズム内なら何をやってもいい詩型であると捉えたうえで作られている短歌が現代にはたくさんある。
(山田航「解説 むい、無為。ありのままであること。」『花は泡、そこにいたって会いたいよ』、2018年、書肆侃侃房、p.137、強調は引用者)
補足すると、短歌には5・7・5・7・7の韻律の原則からあえて外れる「句またがり」という技法がありますから、それを用いて、五小節のなかで(ときにはそこからも外れながら)自由に詠むことが可能になっているということでしょう。

仮にこの本のタイトルを定型どおりに切ってみると、

​
(5音)あさになっ
(7音)ちゃうねぜろいち
(5音)それからの
(7音)わたしたちのそ
(7音)のとほうもなさ

となり、初句と二句、四句と結句のあいだで文節が句を「またがって」いることが分かります。
(※短歌では撥音「っ」は1音とし、拗音「ゃ、ゅ、ょ」は音に数えません)


なお、いま僕は二句の音数を揃えるために、本の号数表記と思われる「#01」に無理やり「ぜろいち」という音をあてています。そうすることによってなじみ深い三十一文字の詩型を回復できますし、「ぜろに」や「ぜろさん」を予感させることで、「朝になっちゃうね」という台詞に続くいくつものパラレルワールドの存在を示すこともできる。
​
しかし、ひょっとするとここではあえて「読まない」という勇気が求められているのかもしれません。どういうことか。
​
あさになっちゃうね/◯◯◯◯/それからの/わたしたちの/そのとほうもなさ

​◯◯◯◯は四拍分の休符だと思ってください。

「朝になっちゃうね」と呟いたあとの沈黙、無言の「間」がそこにあるのです。
場末のホテルに泊まって、夜通し起きていたふたりが、白み始めた窓の外をみてふと「朝になっちゃうね」とつぶやく。徹夜してしまった重たい頭で、新しく始まろうとしている一日のことを考えて、とほうもなくなる。
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音響工学では、無音の部屋でマイクを用いて録音したときの「サーッ」という音を「ホワイトノイズ」と呼ぶそうですが、まさにこの「間」はそれに等しい、無言の音声的表現なのです。これは定型詩でなければできないことです。決められた五七五七七という韻律があってはじめて可聴化されるギャップなのですから。
そしてこの休符(全休符)を挟むことによって、詩は現代短歌における五小節の原則をも維持しえています。なんと周到で緻密な、そして洗練された表現であることでしょう。


大胆、さらに大胆、そしてつねに大胆。

山田氏は、以下のように述べて、初谷さんの作風が現代短歌における「リズム感覚の革命」であると評しています。
​
「短歌4拍子説」を歌人たちが内面化したのは西洋音楽の感覚が日本中に行き届くようになってからだろう。(中略)しかし西洋音楽のリズム感を身につけて4拍子を使いこなしてきた現代歌人たちですら、「休符」をうまく使いこなすことはこれまでなかなか出来ていなかった。初谷むいは「休符」の力を使いこなそうとする新しいリズム感に挑戦しており、そしてそのベースになっているのは現代のポップ・ミュージックのセンスではないかと思われる
​
(前掲書、pp.138-139、強調は引用者)
ポップ・ミュージックのセンス、というのが何のことを指すのか、僕にはまだ理解できていませんが、たとえばポップ音楽の大部分は、4拍子かつ「8ないし4小節」をひとまとまりとして作曲されていますから、「朝になっちゃうね」において、二句目がまるっと落ちて「4小節」に接近していることもまた必然なのかもしれません。

​
とはいえ、ここで注意しなければならないのは、この無言の「間」=「途方もなさそのもの」ではないということです。もしそうだとすると、
朝になっちゃうね/◯◯◯◯(=途方もなさ)/それからの/わたしたちの/その途方もなさ
と、二重に「途方もなさ」について詠み込んでいることになってしまう。ですから、この「間」というのは、あくまで「次第に明るくなってゆく窓をふたりが眺める」時間でなければならない。途方もなさはその後にやってくる感情です。
換言すれば、作者はここで巧みに休符(=書かないこと)を用いてみせていますが、しかし鍵となる心理、すなわち「途方もなさ」については、はっきりと言葉にしているということです。「書かないことで書く」というようないたずらに敗北主義的な破調ではなく、あくまで「書く」、すなわち言語への透徹した意識があることを忘れてはいけないように思います。

有色雑音

ところで、ホワイトノイズ、と書いたのには、もうひとつ理由があります。
それは横井もも代さんによる装丁の素晴らしさを伝えるため。
この本の表紙は、幾何学模様の印刷された紙のうえに、大きさの異なる半透明の紙が重なるつくりになっています。トレーシングペーパー的なアレです。
このトレーシングペーパー的なアレをパタパタ開いたり閉じたりすると、背景の模様がぼんやり浮かんできたり、消えたりするのですが、これがなんとも美しい。少しだけ開けられた窓のむこうに、早朝の街の色づかいが見えてくるようです――夜明け前のひときわ暗い空のような濃紺と、今はまだ地平線のむこうで準備されている朝陽のようなローズピンク、そして無機質なコンクリートを思わせるグレー。夢見るような曲線によって描かれたビフォア・ドーンの世界です。
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だとするならば、このうっすらと白い半透明紙は、そんな夜明けの窓のこちらがわに広がる親密な世界――「朝になっちゃうね」を包み込む沈黙――の卓抜な表現とみることができるでしょう。
そして、そこに書かれたタイトルロゴもまた、よくできています。大きさの不揃いな、すこし傾いたレトロな書体は、無邪気で楽しげなようにも、追憶のせつなさを宿しているようにも見えます。気心の知れた友達どうしのじゃれあうような「朝になっちゃうね」なのか、これで最後と決めた夜をすごす恋人たちの「朝になっちゃうね」なのか……そうして訪れるいくつもの「途方もなさ」に思いを馳せることは、まったく幸せな読書というほかありません。
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血と涙

さて、内容の分析に入りましょう。
しかし、どのような切り口で書いたものでしょうか。だいたいが短詩型文学というものは、語られるものよりも、余情として示されるものの方が必然的に多くなるわけですから、評者の側にも肉を斬らせて骨を断つようなきびしい覚悟と選択がなければなりません。
だとするならば……初谷むいという歌人の言語操作における洗練については上でひとまず論証しえたものとして、次はその目指すものについて考えてみるのがよいかもしれません。
(下)に続く
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