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プロメモーリア、塵と炎について
石田幸丸
「筆の海」第四号より
ラファエーレ・デル・モンフェッラートの思考「暁は熾火のごとく Ⅰ 」
 夜の帳はすでに降りた。屋敷じゅうが寝静まって、暖炉で薪の爆ぜる音がする。わたしは書斎のソファに深く体を預ける。このところ抱えている訴訟のための疲れだ。ふと、卓上に置いたままになっていた古い写本を手にとってみる。先日、我が家の書庫で見つけたものだ。ずいぶん時代がかっているが、不思議な、というより全く意味不明な書物である。
 わたしはあらためて観察する——著者の名前は聞いたことがないものだ。書かれているのはどうやらアリストテレス哲学にかんする注釈めいたものらしい。しかし、見たところ途中で終わっている。原典がそこまでしか書かれていないのか、それともそこで筆写をやめてしまったのか。あるいは——わたしは注意深く本を調べてみるが、頁が破られた形跡はない。それどころか、頁の途中から、まったく異なる筆跡で書き加えられた文章がある。
ここ数日、わたしの身におこったささやかなできごとを書き記しておいたとて、神はきっとわたしのことを罰しはしないだろう。これはまったく小さな、つまり取るに足らない物語であるし、主のすばらしき御業に付け加えるほどものではないが、いっぽうでその栄光を曇らせるほどの害さえない。
ピエモンテ、モンフェッラートの小マリア城にて
グイード・デル・モンフェッラート
どうやらわたしの祖父の手によるものらしい。歴史家として高名だった祖父が、どうしてわざわざこんな写本の片隅などにおのれの体験を記したのかはわからない。しかし、その筆致は力強く、淀みない。その文章を読むほどに、わたしの意識は夜の果てへと連れ去られてゆく……。
グイード・デル・モンフェッラートの手記「愛ゆえに許す者ありて Ⅰ 」
 風——見えざる駿馬たち。その蹄は金色の野に漣をつくり、落葉をふるわせ丘を駆け上がる。
紺碧を目指すその運動が、鬣をひるがえして古城の壁をこえ、朽ちかけた塔のいただきに躍るとき、人はその姿なき力の気高い嗎を聞くだろう。
 廃墟には光が満ちていた。煤と瓦礫に囲まれて立つ杭に、ひとりの女が縛られていた。力なく項垂れて表情はわからない。銀がかった栗色の長い髪が微風に揺れても、女自身は身動ぎもしない。
「そのゆえに咎めらるる汝の邪な信仰を、もし汝がいまここで誓絶するならば、たとえ肉体は滅ぶとも、その魂は救われよう」
 異端審問官の声が響いた。その黒い法服と崩れた壁のむこうで、楡の木の鮮やかな黄葉が揺れていた。
 罪人はかすかに首を振って、何かつぶやいた。
「いまこの時をもって、われら審問官は、信仰に対する裁判官たるその資格において汝を断罪し、世俗の腕へと委ね、かつ棄てる。かかる審判が下りてよりは……」
 教皇庁から来たという若い審問官は、自らの感動を隠すかのように言い切った。
「世俗の法廷がその固有の判決において、最大限の憐憫を示さんことを願う」
 火刑を免れぬ罪人にとって、最大限の憐憫とはいったいいかなるものでありえただろう。せめて肉体の苦痛から一刻も早く解放してやることか。処刑人が杭のもとに進み出たそのとき、刑場にいた者たちは、あまりに悲痛な叫びを聞いた。
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